3月終わりの某日、地球の上の東京のあたりは汗ばむほどの陽気。数日前の寒さから一転しての初夏を思わせる暑さで、街中にはTシャツ1枚の人の姿もちらほら見かけた。今年は桜の開花が遅いと聞くが、見逃してしまうよりはと早めの花見へ出かけた。
都内の桜はまだ「咲き始め」のところが多く、2か所だけ「7部咲き」とされていたうち、まだ訪れたことのない小石川後楽園へ足を運ぶことにした。
地下鉄飯田橋駅から徒歩3分、西門から入るとすぐに大きな馬場桜(枝垂桜)が立っていた。長く垂れた枝の先に咲く、可憐な桜の花々が風の中を泳ぐ。とらえがたいその美をカメラに収めるため、沢山の人たちが馬場桜の大木を取り囲んでいた。
ネットでは7部咲きとされていたが、馬場桜以外には桜がわあっと咲いている印象はなく、5部か6部なんじがゃないかと思いつつ、それでも広く自然豊かな園を散策するのは楽しいものだった。
小石川後楽園は江戸の大名庭園として現存する最古の庭園で、文化財保護法によって特別史跡及び特別名勝として国の文化財に指定されている。特別史跡と特別名勝の重複指定を受けているのは全国でも後楽園を含めて9箇所だけだという。
桜や松、欅等の樹木と花々、広い池、石階段が巡らされた山、田園・・・広大な園内は変化に富んだ風景が続く。これは「回遊式築山泉水庭園」というそうだ。
園内は、「大泉水」の「海」の「景」を中心に、これをめぐる周囲に「山」「川」「田園(村里)」などの「景」が連環して配置されており、変化に富んだ風景が展開する「回遊式築山泉水庭園」です。
小石川後楽園|公園へ行こう! (tokyo-park.or.jp)
池を中心にした回遊式庭園としての庭園形式は、江戸の大名庭園の先駆けとして後に造られる大名庭園にも大きな影響を与えました。
後でこうした解説を読んで「なるほど」と感心するのだが、日本庭園というのもまた奥深く、下調べしてから訪ねるとさらに楽しめるだろうなといつも思う。
その下調べというのがなかなかできないのだが。
小石川後楽園を訪れる2週間ほど前のこと、子供の頃ぶりにメガネを作った。
育ち盛りのある時期、急に右目の視力が落ちてメガネを作ってもらったのだが、当時のメガネは重くお洒落ではなかったし、私はすぐにメガネをかけないようになってしまった。
比較的視力のよい左目がカバーするように物を見ていたので、裸眼でも日常生活に支障はなく、目が悪いことを気にすることはほとんどなかった。自然の風景も十分によく見えており、楽しんでいたつもりだった。
ただ、子供心にも夜空の星がぼやけて見えるのを残念には思ったが。
それが近年、ほぼ一日中パソコンに向かっての仕事なので、目の疲れや目の使いすぎが気になっていた。曇りの日には街の輪郭もぼやけて見えて何となく心もとない。
そんな時に健康診断で視力の低さを指摘され、メガネを作ることにしたのだった。
メガネをかけるようになって驚いたことがある。見えているつもりでも、実はあまり見えていなかったのだ!
メガネをかけていつもの散歩道を歩くと、遠くから歩いてくるお婆さんのスカートの柄まで見えるようになった。花壇で遊んでいるカラスも、メガネを通すと立体感が増し、黒光りした筋肉隆々のギャングな鳥に見えた。また、以前から十分にきれいだと思っていた花や自然の風景が、メガネを通してよりクリアに明るく映るのは新鮮な感動だった。
もちろんこの日、小石川後楽園にはメガネを忘れずに持っていた。(かけっぱなしではなく、裸眼とメガネをかけるのとで楽しんでいる)
枝垂桜がきれいだったのはもちろんのこと、陽光の中で数珠のように連なるキブシの実はまるで宝石のように煌めいていた。高く空まで聳える松の木の姿は圧巻だった。白く可愛らしい花桃はふわふわとして異次元の存在感を放ち、長く目を離すことができなかった。
メガネをかけていると池の向こう岸で木漏れ日が踊るのまで見えるのだ!
メガネのおかげで、以前よりリッチに世界を味わっている気分で幸せだった。(『トップガン マーヴェリック』をメガネをかけて鑑賞したらすごいことになっていたかも!)
決してこれまで、片目で世界を眺めていたつもりはない。けれど、メガネをかけただけで世界がより立体感を増して力強く迫ってくる。もっと早くかければよかったとは思わないけど、これは素晴らしい。
メガネだけではなく、今まで関わったことのないタイプの人と交流してみるとか、長年やっている作業や仕事も使ったことのないツールややり方、視点をうまく取り入れると、劇的に効率的になったり新鮮な発見があったりするのだろうな。
……と、メガネに導かれるように深淵なことを考えたある春の一日だった。